まんぷく第12週のあらすじ
立花萬平は脱税で起訴され、有罪判決となった。
刑罰は、重労働4年・罰金7万円。
罰金7万円を工面するために、福子と義兄・小野塚真一は、東太一法律事務所を訪れた。
太一は資産整理の経験はなかったが、東京帝国大学を主席で卒業。
萬平との面会までに英語の判決文を読み上げるなど優秀な青年だった。
ダネイホンの販売権利を付けたたちばな栄養食品の東京の会社を売却し、7万円を工面したが、その矢先、財務局からの電話で10万円の追徴課税が求められてしまった。
たちばな栄養食品は、ダネイホンの商標と泉大津の製造会社を売却し、会社を解散させる悲しい決断をすることとなった。
まんぷく第12週の感想
第12週は随分と涙を流した気がします。
あの明るい福子でさえも毎日のように涙を流した週でした。
進駐軍から釈放されたばかりだというのに、萬平さんは再び進駐軍に逮捕されてしまいました。
逮捕された理由は“脱税”。
本当に脱税をしていたというわけではなく、小松原・増田・倉永・堺・堀の奨学金が額資金として認められなかったのです。
結果、有罪となり、重労働4年・罰金7万円の刑が課せられることとなりました。
萬平さんが逮捕されたことは新聞に載り、日本中に知られることとなりました。
東京の会社にはひっきりなしにダネイホンの問い合わせの電話が入っていました。
ダネイホンはそれだけ多くの人に必要とされるものとなったと考えると嬉しさもありますが、この事態を何とかして乗り切らなければいけません。
そして、罰金7万円の問題。
7万円という額は会社の存亡にも関わる額です。
福子は、鈴と真一さんの反対を押し切って、萬平さんに相談をするために身重の体で東京に向かうことにしました。
福子は、萬平さんが収監されているアメリカ第8軍刑務所に面会に行きます。
萬平さんもとても動揺していました。
福子は罰金7万円について萬平さんに相談をします。
東京の会社を売却してお金を作る。最悪の場合は大阪の会社も売却するというのが萬平さんの提案でした。
東京の会社は立ち上げたばかり。大阪の会社が無くなれば、ダネイホンで人を救うことができないどころか、社員全員が路頭に迷ってしまいます。
しかし、刑務所にいる萬平さんには何もすることができません。
萬平さんは、会社の資産整理に詳しい弁護士を探すように福子にお願いをしました。
福子は、弁護士・東太一を紹介してもらいます。
真一さんと一緒に太一の事務所に向かいましたが、太一はどこか頼りなさそう…。
太一は単に人見知りなだけで、現在の東京大学にあたる東京帝国大学を主席で卒業しており、英語で書かれた判決文を全部読み上げる、とても優秀な青年でした。
萬平さんは、太一が判決文を全部読んだと聞くと驚くも、どうしてここにいるのか、どうして罪に問われなければいけないのか聞きます。
奨学金が学資金として認められなかったことは原因ではあるけれど、萬平さんは奨学金を一括で支払っており、その額は高額で見過ごせるものではなく、国税犯則取締法が改正され、脱税に対してより厳しくなったところで、有名人でさえも脱税をするとこれほどに重い刑罰を受けることになるのだという見せしめではないかと言うのです。
見せしめだなんて納得できるはずがありませんが、アメリカの憲兵裁判所の判決に不服申し立てはできません。
萬平さんは4年も刑務所で過ごすほか方法がなく、涙を流します。
そんな萬平さんの姿を見た太一は、「希望を持ってください!」と今までになく力強い言葉を発します。
今何よりもしなければいけないことは、罰金7万円を納めること。
現在の萬平さんとたちばな栄養食品の立場を考えると、銀行に貸付は期待できません。
太一が考えた方法は、会社を少しでも高く売って資産を残すことでした。
ただし、売却するのは東京の会社だけ。
今やダネイホンは日本中に恩恵を与え、大阪の会社までも無くすということはできない状態にまでなっていたのです。
大阪ではダネイホンを作ることに専念し、東京はダネイホンの販売権利も付けて売るのが最善の策だと太一は言うのです。
ダネイホンを販売している東京の子会社とダネイホンの販売権利は、豊村商会という会社に高く売却することができ、たちばな栄養食品は罰金7万円を納めることができました。
東京の子会社を手放すことは萬平さんにとってとても悔しいことでしたが、「萬平印のダネイホン」は豊村商会の希望もあり、これからも使われていくこととなりました。
看板に落書きをされたり、“ダメイホン”と言われてはいますが、それは子供であって、奨学金が脱税のためではないと大人達はわかっているのです。
東京の子会社が売却となり、真一さんはじめとする社員達は大阪に戻ることになりました。
その日のうちに夜行列車に乗ると、福子と東京の社員達は泉大津に帰ってきました。
東京の子会社は無くなってしまいましたが、和気あいあいと笑顔が零れる中、電話が鳴ります。
電話の主は東京財務局。
罰金7万円を納めたというのに、追徴課税10万円を求められてしまったのです。
7万円だってやっとだったのに、10万円だなんてあまりにも理不尽過ぎます。
福子はすぐに太一に連絡をします。
太一は萬平さんの元を訪れ、追徴課税について報告をしました。
太一もまた、この追徴課税を不当だと思っていました。
しかし、何もしなければたちばな栄養食品は差し押さえされてしまいます。
そこで太一が提案したことは…とても悲しい胸をえぐられるようなものでした。
ダネイホンの商標と大津の製造会社を売却し、たちばな栄養食品を解散させることが最善策だと言うのです。
ダネイホンという商品は残し、現金を手に入れ、それで新しいことを始めるというのが太一の提案でした。
なんて残酷な提案でしょう。
様々な苦難を乗り越え、今のたちばな栄養食品という会社があります。
そして、たちばな栄養食品が無くなってしまったら、社員達は路頭に迷ってしまいます。
太一は、自分も再就職先を探すための手伝いをすると言いましたが、萬平さんだけでなく、視聴者だってそう容易く納得できるものではありません。
だけど、それが最善策だという理由が太一にあったのです。
戦争が終わり、戦地から太一が帰ってくると、お腹に子供を宿していた妹は死にかけていました。
もうダメだ…と思っていた妹を助けてくれたのは、なんとダネイホンだったのです。
ダネイホンが無ければ、妹もお腹に宿っていた姪っ子もこの世にはいませんでした。
太一の秘書・尾崎多江は、太一のことをいつもと違う、らしくないと言っていました。
太一が今までと違ったのも、初めての資産整理だというのに引き受けたのも、ダネイホンをこの世界に残すためだったのです。
ダネイホンに対しての思い入れがあるだけに、太一もまた、たちばな栄養食品を解散させることは身を引きちぎられるほど悔しいものでした。
しかし、弁護士として依頼を受けたからには、冷静に最善の策を考えないといけません。
そうしないとダネイホンは無くなってしまうのです。
その話を聞いた萬平さんは太一を信じ、ダネイホンの商標、泉大津の製造会社を売却し、たちばな栄養食品を解散させることに同意をしました。
追徴課税10万円のために、ダネイホンの商標と泉大津の製造会社を売却し、たちばな栄養食品を解散することを決めると、福子は売却の候補先探しに追われます。
福子は、三田村会長に相談をすることにし、三田村興産に電話をします。
電話に出たのは息子の三田村勘助でした。
三田村会長は三田村興産の社長から退き、会長職に就いたそうです。
そして今は…どうやら病を患っているのか、入院をしているという話に、福子はとても驚いていました。
売却先を決めるために、太一が大阪へやって来ました。
福子と太一は、三田村会長が入院する病院にやって来ました。
病室の前まで行くと、中から元気な声が聞こえてきます。
先に福子が1人で入ると、そこには世良さんの姿がありました。
世良さんは、東京の子会社の売却についてなど、三田村会長に報告をしてくれていました。
そして、今度は福子から泉大津のたちばな栄養食品もたたむことを報告します。
三田村会長には3万円の投資をしてもらっているのですから、報告も兼ね謝罪もしなければいけません。
しかし、3万円の投資は4万円にして返済されており、三田村会長は何ら気にしていませんでした。
萬平さんは、いつの間にかプラスにして返済していたのです。
それだけダネイホンがよく売れていたのだということがわかります。
三田村会長には、投資だけでなく、萬平さんが憲兵に捕まった時にも色々とお世話になりました。
あつかましいとわかりながらも、福子はさらにお願いをします。
それは太一の話を聞いて欲しいということでした。
太一は病室に呼ばれると、ダネイホンの商標と泉大津の製造会社の売却先を紹介して欲しいと三田村会長にお願いをしました。
三田村会長にお願いすれば間違いはありません。
条件は、ダネイホンを作ることができる会社で、譲渡額はそれなりの額というものでした。三田村会長は、福子と世良さんに席を外してもらい太一と2人きりになると、我が子同然のダネイホンを手放すことに萬平さんは本当に納得したのかということを確認しました。
太一はダネイホンで妹が救われたこと。そのダネイホンを残し、売却したお金で新しいことを始めてはどうかと萬平さんに提案したことを三田村会長にも話しました。
「国と戦うためには思い切ったことをしなければいけない」
追徴課税は明らかに不当なものでした。
国は何が何でもたちばな栄養食品に10万円という追徴課税を納めさせたいのです。
しかし、たちばな栄養食品に関わる事柄が譲渡され、解散となると、国は差し押さえするものが何もなくなってしまうのです。
国が諦めざるを得ない方法を作り対抗することは戦いの始まりでした。
その話を聞いた三田村会長は、「いい弁護士になる」と太一に言葉を残しました。
そして、最後の仕事として良さそうな会社を3社見繕ってくれることになりました。
最後の仕事…。
福子は、世良さんから三田村会長が余命3ヶ月の胃癌であることを聞かされます。
辛いことが続き、福子はまた涙を流してしまいました。
しかし、世良さんは言うのです。
三田村会長は泣いてない。それどころか福ちゃんを助けてくれるはず。そして自分も、できることはする。福ちゃんにはたくさんの味方がいると…。
「泣いている場合ちゃうぞ。福ちゃん」…いつもは調子のいい世良さんですが、あまりにも心強く、思わず涙が流れてしまいました。
一方、10万円の追徴課税を求めている財務局は、通達から1週間経過してもたちばな栄養食品から連絡がないため、10万円を納める気がないのだろうと差し押さえの準備に入りました。
しかし、財務局の知らないところで、着々とたちばな栄養食品の売却は済んでいました。
北浜食品という会社が12万円でダネイホンの商標と泉大津の製造会社を買ってくれたのです。
この12万円を元手に萬平さんは新しいことを始めなければいけません。
だけど、萬平さんは塀の中。
何もできないと言う萬平さんに、希望を持って欲しいと太一は言います。
たちばな栄養食品の社員である塩軍団は、会社の解散の話を聞くと最初は落ち込み驚いていたようですが、覚悟を決めたそうです。
再就職先も太一が一緒に探し、15人全員同じところとはいきませんでしたが、きちんと再就職先は用意されていました。
神部・岡・森本・佐久間・赤津・長久保・大和田・高木・峰岸の9人は、北浜食品でこれまで同様ダネイホンを作ることとなりました。
ダネイホンの作り方を教える大事な役目を担っています。
野村・堺・倉永・堀の4人は、三田村会長がお世話してくれた大国商会へ。
小松原・増田の2人は、世良さんが紹介してくれた梅下電器へ。
バラバラになってしまうことに皆涙を流します。
福子は社長のようにこう声をかけます。
「今まで頑張ってきたからこそ無駄にしてはいけない。これからの人生に生かして欲しい」
そして、福子は解散を告げ、 “りんごの唄”を歌い始めました。
“りんごの唄”は、たちばな塩業の頃に、社員が一丸となった大切な唄でした。
解散から2日後。
財務局が差し押さえのためにたちばな栄養食品にやって来ました。
しかし、建物はもぬけの殻。
待ってましたと言わんばかりに、太一は2階から降りてくると、たちばな栄養食品は負債を抱えており、解散したと告げます。
売却したお金はどうなったかと聞かれると、太一は黙秘をしました。
【まんぷく 第13週の予想と期待】
たちばな栄養食品?太一?は、国に喧嘩を売りました。
売却費用は黙秘し、追徴課税を納めないということは国との喧嘩です。
さらに、太一は国を訴えると言うのです。
国を訴えたらどうなるのでしょう。
全く想像がつきません。
わかることは、想像を超えるということでした。
第13週では、あの!野呂さんの登場です。
戦地に行ったきり、野呂さんの登場はありませんでした。
もしかしたら命を落としたなんてこともと考えられましたが、野呂さんは生きていたのです。
福子のことが好きで缶詰を貢ぎ続けた野呂さん。
福子に失恋すると保科さんに缶詰を貢ぎ続けた野呂さん。
野呂さんが戦地に行っている間に、保科さんはライバルの牧さんに奪われ、それを知っているのかどうかわかりませんが、次は一体誰に缶詰を貢ぐのか。
そして、ここで登場ということは、これから萬平さんが立ち上げることに何かしら関わっていくのではないかということが期待されます。